あなたは幾つ知っている?スーパーカーの代表モデル「カウンタック」12の豆知識

1970年代に超特大ムーブメントとなったスーパーカーブーム。フェラーリやロータス、ランチアなど、主に人気だったのは、高出力のエンジンに斬新なデザインを採用した欧州製スポーツカー。中でも、1971年にイタリアのランボルギーニ社が発売したモデル、カウンタックは一番の人気。V12気筒エンジンにシャープな近未来フォルムなどが絶大な人気を誇り、「スーパーカーといえばカウンタック」と言われるほど知名度が高いクルマだった。

そんなMr.スーパーカー、カウンタックにまつわるウンチク記事を、アメリカの情報サイト「SUPERCOMPRESSOR」が掲載。え、ホント? って話も満載なので紹介しよう。

1:名前の由来は少し下品な「方言」

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Countach(カウンタック)とは、ランボルギーニ社があったイタリア・ベルモンテ州の方言で、本来は少し下品な「方言」。どうも、ランボルギーニ社の重役が、初めてこのクルマのデザインを見て「こりゃ、バカすげ〜べ!」みたいな意味の言葉を、そのまま車名にしたそうだ。そのネーミング通り、カウンタックのデザインは当時大反響!

ちなみに、Countachはアメリカやイギリスでは「クンタッチ」と発音する。海外で「カウンタック」は通じないので念のため。

2:生みの親は敏腕デザイナー

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カウンタックのデザインを手掛けたのは、イタリアのマルチェロ・ガンディーニ。カウンタック・ファンなら知っている人も多いと思うが、一般的にはあまり知られていない。が、この人じつは他にもスーパーカーや名車のデザインを数多く手掛けている敏腕デザイナーなのだ。

ガンデーニが手掛けたクルマをいくつか挙げてみると、ランボルギーニ・ミウラ、ランボルギーニ・ディアブロ(その他たくさんのランボ)、最初のBMW5シリーズ、アルファロメオ・モントリオール、フェラーリ・ディーノ308GT4、デトマソ・パンテーラ、ルノー・5ターボ、ランチア・ストラトスなどなど。

当時、カウンタックと人気を二分していた、ランチア・ストラトスもこの人のデザインだとは! ほんと凄いお方だ。

3:技術的に見ると…基本は公道レーサー!

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カウンタックが採用するチューブ状のフレームにアルミボディ…これらは、今日のレースカーにはまったく採用されていない。要は、当時イメージされていた、サーキットも速く走れる”公道仕様のレーシングカー”というより、あくまでストリートでの走行が前提のスポーツカーだった、ということ。

最近のスポーツカーでは、レースの公認を取るために市販するモデルもあるが、カウンタックはあくまでストリートが主な舞台だったのだ。

4:量産車初の”シザースドア”

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左右2枚のドアが前方に大きく開くドアを初めて採用したモデル。カウンタックを象徴する開閉方式だ。

ちなみに、日本ではよくカウンタックのドアを「ガルウイング」と呼ぶ。だが、厳密にはこれは間違い。ガルウイングを訳すると“カモメの翼”。ドアが地面に対し垂直に上がる方式で、前から見た姿がカモメに似ているからだ。マツダのAZ-1や映画「バック・トゥー・ザ・フューチャー」のデロリアン号などに採用されているスタイルだ。

カウンタックのドアは、上げた姿がハサミを開いたように見えるので、欧米では「シザース(ハサミ)ドア」と呼ばれる。また、このクルマが初採用であることから「ランボドア」などとも呼ばれる。

5:トップスピードは過大評価

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当時、カウンタックは「最高速度300km/h!」とウワサされていた。

が、どうもそれはウソだったようだ。複数の情報筋によると、当時最速だったフェラーリ・デイトナから人気を奪うためにメーカー側が流した情報、今で言う”ステマ”だった!? カウンタックの前の主力モデル、ミウラから最速の座を奪ったデイトナへの仕返しといったところか…。

実際、当時独自に行われたテストデータによると、カウンタックの最高速度は約273km/hだったとか。それでもすごいが。

6:ターボ付き748馬力仕様もあった

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748馬力という恐るべきパワーを持ったターボ付きカウンタックは、2台のプロトタイプが作られた。が、問題が多すぎたのか、実際に量産されることはなかった。

1980年代にも、似たようなタイプが作られる計画があったようだ。が、当時は、現在のような電子的にドライバーをサポートするシステムが出る前。度重なるトラブルにより、またもやお蔵入り。今では、当時を知る関係者の間で、「悪夢」として語り継がれるだけの存在だ。

7:究極の金太郎飴デザインを有名デザイナーが!

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基本フォルムを変えずに、1971年から1988年の17年間作られたカウンタック。

その最終モデル、ランボルギーニ社の創立25周年を記念して作られた25thアニバーサリーモデルは、有名カーデザイナーのオラチオ・バガーニが手掛けた。

ぱっと見は、やはり従来モデルとなんら変わらないデザイン。だが、実際は、合計500箇所もの変更を加え、フェイスリフト(顔面成形)まで敢行。そこまでやって、イメージか変わらないというのは、まさに究極の“金太郎飴”デザインだと言えるだろう。

8:カーボンモデルもあった

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上の写真は、前述のカーデザイナー、オラチオ・バガーニが手掛けたカーボンボディ仕様の写真。

当時、真新しかったカーボンファイバーは、今後のクルマ作りに重要な素材になることを感じ、カウンタックに採用しようとしたバガーニ。だが、上層部はこれを却下。この直後、バガーニはランボルギーニ社を離れ、自らスーパカー専門メーカー「バガーニ・アウトモビリ」を設立することになる。

9:バックでの駐車は最悪!

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運転席からの後方視界がかなり悪い、というかほぼ皆無とまで言われたカウンタック。バックで駐車する際は、かなり大変だったようだ。
ほとんどのオーナーは、ドアを上に挙げて、上半身を外に乗り出すようにして後方確認しながらバック。

おかげで、このクルマでのバックは「カウンタック(ケンタッチ)リバース」と呼ばれるようになった。

10:北米では醜悪バンパー義務づけ!

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その美しいフォルムから、ポスターも爆売れだったカウンタック。

だが、アメリカでは、そのフォルムが台無しになる巨大で不格好なバンパーの装着が、当局により義務づけられていた。当時アメリカのファンは、いかに法律を作った当局に”見る目がないか”を嘆いていたそうだ。

11:意外に機能的!

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独創的なカウンタックだが、細かい装備は意外に優れた機能性も持っていた。

大きなアーチのフェンダーの採用で、1970年代としてはかなり極太のタイヤを装着することが可能だった。

ドア後方にある大きなエアダクトは、ミッドシップでシート直後に置かれたV12気筒を効果的に冷やすことが可能。リヤフードにオプションで付けられたウイングも、ハイスピード走行時に優れたダウンフォース効果を発揮、クルマの安全性に貢献した。

12:最後のカウンタックは7月4日に生まれた

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カウンタックの最終生産モデルは、アメリカの独立記念日、7月4日に生産された。

カウンタックに変わる次期主力モデルのディアブロが作られている最中のことだった。独立記念日にできた最後のカウンタックだが、アメリカに渡ったことはない。歴史を築いた名車の末裔は、現在、ランボルギーニ社のミュージアムに飾られている。

平塚直樹

平塚直樹

バイクやクルマ系雑誌の編集を経て、フリーライターに。最近は、チャリから宇宙ロケットのネタまで幅広く執筆中。愛車は隼。最新テクノロジーと映画、猫好き。