ホンダF1の2勝目を挙げた1967年のマシン「RA300」がデモ走行を行うぞ!

現在のホンダF1参戦は思うような結果が残せていませんが、それでもやはり、ホンダこそが日本で最初に世界のレースシーンに打って出たメーカーであることに変わりありません。

そんなホンダF1参戦黎明期の1967年にホンダの2勝目を挙げたマシンが「RA300」。今般、そんな「RA300」のデモンストレーション走行が行われることが発表されました。

ホンダのF1黎明期について

ホンダがF1参戦を公式発表した1964年には、あまりにも無謀だと冷笑されたものでしたが、それを推進したのは、言うまでもなく、同社創業者の本田宗一郎さんでした。

この写真は、エンジンテスト用車両として開発された「RA270」と宗一郎さん。後にホンダエンジンの搭載をロータスが回避したため、急遽車体の自社開発を迫られました。

そして1964年に完成した「RA271」でF1参戦を開始!8月にドイツGPに初出走を果たすと、翌1965年には改良型の「RA272」を投入。10月、メキシコGPで見事初優勝を遂げたのでした。

ホンダ2勝目を挙げたのが「RA300」!

「RA273」で挑んだ1966年は未勝利で終えましたが、翌1967年、苦難の末にホンダにとっての2勝目を挙げたのが今回ご紹介する「RA300」です。

ドライバーは、歴史上で唯一、二輪&四輪のロードレース世界選手権チャンピオンとなった伝説”ジョン・サーティーズ”でした。

1967年シーズン開幕戦となった1月開催の南アフリカGPこそ3位に入ったホンダの「RA273」ですが、その後は苦戦。シーズン中の同年7月に急遽開発に着手され、9月に完成。即イタリアGPに投入されて劇的勝利を遂げたことでも知られています。

「RA273」は車両重量が重いことが原因で成績が奮わず、ジョン・サーティーズと関係が深いイギリスの”ローラ”と車体を共同開発。シャシーはアルミニウム セミモノコック&アルミニウムボディ。

ホイールベースは前作の2,510mmから2,454mmへ、トレッド(前/後)は1,464mm / 1,442mmと前作の1,550mm / 1,485mmから縮小。懸案であった車両重量も650kgから590kgへと軽量化されていました。

エンジンは「RA273E」をそのまま搭載。V型12気筒(90°)縦置のDOHC 4バルブエンジンは総排気量2,993cc。最高出力は420HP以上 / 11,500rpmを誇りました。

そんな歴史的にも重要な「RA300」ですが、実は短命に終わります。出走回数は僅か3回でしかなく、翌年には「RA301」に引き継がれて行きました。

さて、今回行われるデモンストレーション走行は、その劇的勝利を遂げた当時と同じモンツァ・サーキットで開催されるイタリアGP期間中に開催されます。

今年の3月に逝去された故ジョン・サーティース氏のドライブで9番グリッドから決勝レースに臨み、ファイナルラップにトップに立ち2位を0.2秒差で振り切るという劇的な展開でホンダにF1での2勝目をもたらした、そのサーティーズ氏への哀悼の意を込める意味もあるのでしょう。

本田技研工業株式会社モータースポーツ部の部長、山本雅史氏は、この企画に賛同・協力したFIA、FOMに謝意を示しつつ、以下のようにコメントしています。

RA300の勝利から50年という節目に、再び同じサーキットで同じマシンを走らせることができ、非常に嬉しく思っています。“何がなんでも勝つ”という強い想いから作られたこのマシンの走りと往年のV12エンジンが奏でるHondaサウンドを、ファンの皆様に楽しんで頂きたいと思います。

参考-ホンダ
Reggy

Reggy

オートバイ系雑誌・書籍編集をする傍ら、自転車輸入販売業として起業。得意ジャンルは自転車(子ども車・子ども乗せ・クロスバイク)・オートバイ・自動車・アウトドア。