走るシーラカンスと呼ばれた三菱「初代デボネア」が今人気なワケとは?

デボネアは三菱自動車工業が1964年から1999年まで製造していた高級乗用車だ。1964年に製造開始され、1986年にモデルチェンジされるまでの22年間、基本設計・デザインの変更無しに生産され続けたことから「走るシーラカンス」と呼ばれていた。

日本製セダン型乗用車でこれほど長期間製造された例は、トヨタ「センチュリー」の初代モデルのみである。

1960年代のアメ車を思わせる角張ったデザイン

894475346_cf4198bb6a_z

1960年代初頭、三菱重工業はトヨタ「クラウン」や日産「セドリック」、メルセデス「ベンツ」などを標榜とした2,000cc級乗用車の開発に着手。モノコックボディに前輪ウィッシュボーン独立、後輪半楕円リーフリジッドで後輪駆動というレイアウトを選択。全長・全幅とも道路運送車両法施行規則の小型車規格ぎりぎりのサイズで設計。デザイナーには元ゼネラル・モーターズのハンス・ブレッツナー氏を起用し、1960年代のアメ車を彷彿させるデザインとなった。全体的に角張ったボディ、ボンネット・テール部分の両脇にエッジを立て、フロントグリルを広く取ったスタイルから大きく見えるが、実際には小型車扱いの”5ナンバー規格”に収まるサイズとなっている。

22年間、常に売れ行きが芳しくなかった高級車

16571917925_714384c70d_z

かくして1964年から製造開始されたデボネアだが、その売れ行きは常に芳しくなかったという。理由は当時の高級車であったトヨペット「クラウン」、日産「セドリック」、プリンス「グロリア」などよりも高価であったためとされている。また、製造末期の80年代になると、基本設計もデザインもあまりに古いため、一般ユーザーにもほとんど売れなかったという。

三菱グループの重役専用車として活躍

6178685672_96bf67d8b9_z

オートマ、パワステ、パワーウインドウを装備し、三角窓を廃止するなど、幾多のマイナーチェンジを経たものの、基本設計は変わることなく、22年間に渡り生産され続けて来たデボネアだが、1986年の大幅ななモデルチェンジを受け、「走るシーラカンス」の生産は終了となった。

三菱自動車のフラッグシップモデルであったことから、三菱グループの各企業で重役専用車として多用されていたという。また、末期にはブライダル用として人気が高まり、ブライダル仕様が作られるほどであったという。オープンボディとしたパレードカー仕様も製作された。

生産終了後に人気が高まる

876466986_affefa8345_z

生産終了後になってから、アメ車風のルックスと古い自動車の中では安価で程度の良い個体が手に入りやすいこともあり、生産期間中の不人気車ぶりとはうって変わって、旧車好きの間での需要が高まり、カスタムベース車として人気を博した。特に1973年までのフロントドアの三角窓&リヤの”Lテール仕様”は高価で取引されているという。

また、法人需要が高かったこともあり、現存個体は黒が圧倒的に多い。現在でも中古市場にはそれなりの台数が出回っており、二桁万円前半から三桁万円前半まで、それなりに選択肢はあるので、比較的、オーナーになりやすい旧車と言えるだろう。「走るシーラカンス」を駆って、アメ車気分に浸るには最適の一台と言えるだろう。

参考 – IwateBuddyinove manoreVetatur FumareDEBONAIR 1ST

センカクダイバー

センカクダイバー

悲運の元パチンコ・パチスロライター。ベスパ歴27年、ミニクーパー歴2年のモッズ系猛禽類。旧車を好むクセに機械イジりや整備はサッパリというご都合主義者。