1947年式の日本製EV!日産の前身が製造していたキュートな電気自動車「たま号」を知ってるか?

「第二次世界大戦直後に日本でEVが作られていた!」と聞いて信じられますか?国産自動車史にご興味のある方には当たり前でしょうが、知らない方も少なくないと思われます。

そこで今回は、ちょうど日産のアメリカ現地法人が面白いリリースを流してくれましたので、「タマ号」をご紹介してみます。

現在の日産はEV派!

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日産は一貫してEVのグローバルリーダーを目指して、乗用車「リーフ」と商用車「e-NV200」の開発・製造販売を続けています。

そんな日産の前身(の一部)が製造していたのが、今回ご紹介する「タマ号」です。

製造したのは元航空機エンジニア!

コチラが、その「タマ号」。成り立ちが複雑な日産ですが、この「タマ号」を製造したのは、立川飛行機(後のプリンス自動車)の元エンジニア達です。

第二次世界大戦直後のガソリン不足を背景に、電気自動車製造にチャレンジしたわけです。

約200名のエンジニアが新設された東京電気自動車に移動(転職)して、研究・製造販売に乗り出したのです。

開発は2シーター・トラックが先行。そして1947年、積載重量500kg、4.5馬力モーターを搭載したプロトタイプ2台を完成させました。

その同じ年に完成、販売が開始されたのが、この可愛らしい2ドア小型乗用車「たま号」。モデルコードはE4S-47-1型。「たま」という名称は、会社の所在地にちなんで命名されました。

フレームは木製であり、車両重量は1,050kg。そして最高出力はトラックと同じ4.5馬力ですから、最高速度は35km/hだったそうです。可愛らしいですね!

しかし航続距離は意外にも65kmと、なかなかに優秀でした。

ベージュを基調にした内装は質素そのもの!2ドアですが、ご覧の通り後部座席もあり、乗車定員は4名でした。

「たま号」の面白いところは、このバッテリー配置にあります。

現代のEVのようなリチウムイオンであるワケもなく、当然のことながら鉛蓄電池が採用されていたのですが、それをフロア下左右に配置。ローラー付きの台に載せることで、バッテリーを素早く交換できるようにしていたのでした。

ボンネットは、当時存在していなかったアリゲータータイプ。メンテナンス性を考慮した結果だそうです。機械プレスでは上手く作れないため、手で叩き出して良い部分を繋ぎ合わせて製造していたそうです。

またヘッドライトをビルトイン方式にすることで、小洒落た雰囲気を醸し出すことに成功しています。

航空機エンジニアらしい工夫も見られる可愛らしい「たま号」ですが、ガソリン供給が安定すると共に役目を終え、ひっそりと姿を消したそうです。

最後に、本車両の詳細を説明してくれる動画を載せておきますので、ご興味のある方はどうぞ!

参考-日産(USA)、YouTube;Tama EV’s Aerodynamic Heritage
Reggy

Reggy

オートバイ系雑誌・書籍編集をする傍ら、自転車輸入販売業として起業。得意ジャンルは自転車(子ども車・子ども乗せ・クロスバイク)・オートバイ・自動車・アウトドア。