ポルシェの名を冠した初のスポーツカー「356」を2分で学ぶ!

あけましておめでとうございます。2017年一発目の記事は、なぜかポルシェの銘車ネタです。

ドイツの高級スポーツカーメーカーと言えば、まず、真っ先に思い浮かぶのが「ポルシェ」ではないでしょうか。漫画『キリン』の天敵”デカ尻女”として、ライダーにも広く知られていることと思います。ちなみに漫画『サーキットの狼』でも、主人公風吹裕也のライバル、瀬左近の愛車は常にポルシェでした。

今回は、そんなポルシェの名を世に知らしめた”初代ポルシェ”のお話です。

ポルシェ356

フォルクスワーゲン「タイプ1」を設計したことでも知られるフェルディナント・ポルシェ博士がデザイン事務所として1931年(1930年説もあり)に創業されたのポルシェ社の始まりです。当初は他社の車両の開発を主業務としてきましたが、自社で小型スポーツカーを開発することとなりました。そのスポーツカーの社内での開発コードが「356」になります。

開発コード「356」は、高性能、居住性、実用性を兼ね備えた小型スポーツカーとして開発されました。当時、フェルディナント・ポルシェ博士は戦犯として連合国軍側に拘留されており、「356」の開発・設計はポルシェ博士の息子フェリー・ポルシェと、技術者カール・ラーベらのチームが中心となりました。

「356」の原型スタイリングはフォルクスワーゲン「タイプ1」のスタイリングも手がけたという、デザイナー、エルヴィン・コメンダの手によるものでした。初代ポルシェがよくタイプ1との相似点を挙げられるのは、デザイナーが同じだったから……と覚えておけばいいですね。

ポルシェ356 No.1 ロードスター

1948年6月、ポルシェの名を冠した最初のスポーツカー、ポルシェ 「356 No.1 ロードスター」が試作されました。アルミニウムボディーの2シーターで、管スペースフレームのミッドにエンジンをレイアウトしていました。

フォルクスワーゲン社製の1.1リッター空冷式水平対向4気筒エンジンをベースに「356」用にカスタムし、最高出力は35psまで向上。車両重量は585kgの車体を最高速度は135km/hまで加速させることができました。ブレーキは機械式のドラムブレーキを採用し、ノンシンクロの4MTを搭載していました。

試作2号車は1号車完成の一ヶ月後にクローズドボディのクーペとして製造されました。最大の変更点はリアエンジンレイアウトとなったことです。これにより座席やラゲッジスペースが確保でき、実用性が向上したことに加え、タイプ1との構造、部品の共通化によるコストダウンが図られました。

ボディを外部の複数の会社が架装した車両も多数あった。

この「356」はオーストリアのグミュント工場で生産されていましたが、ボディを外部の会社が請け負ったバージョンもあり、メッキモールの仕様や、バンパー、ランプ類も複数の形状がありました。腕木式の方向指示器の仕様も存在した他、内装も異なるなど、統一性の取れていない増加試作車が49台製作されました。

そのような紆余曲折を経て、1950年4月にドイツ製ポルシェの第1号車が生産されました。アルミから鉄製ボディーに変更され、固定式三角窓の廃止され、フロントバンパーを変更、ボンネットも高くなっています。ややウエストラインが入ったところと、車体側面のサイドシルが内側に回りこんでいるのが特徴で、後に愛好者に「プレA」とも呼ばれています。

かくして、ポルシェの名を冠した初のスポーツカー「356」は様々なモデルチェンジを経て、1965年に生産終了されるまで、実に1万6,674台を世に送りだしました。「ポルシェ」というブランド名が世にアピールできたのも、この「356」の存在なくして語れませんでした。

ちなみに写真の「356」は1957年製のスピードスターで、有名なオークションハウス、サザビーズに出展される車両です。これだけのコンディションともなると、かなりの高額になるのでしょうね。

ポルシェ「911」とは、また違った魅力を醸し出している「356」。レプリカでもいいから、一度はハンドルを握ってみたい一台です。

参考 –   HiConsumption
センカクダイバー

センカクダイバー

悲運の元パチンコ・パチスロライター。ベスパ歴27年、ミニクーパー歴2年のモッズ系猛禽類。旧車を好むクセに機械イジりや整備はサッパリというご都合主義者。