トヨタとアストンマーティンが手を組んだ!? 幻の「シグネット」って知ってる?

かつて、そのクルマの性質を表すのに「このサイズでもショーファードリブン(※)」といわれたモデルがありました。

イギリスにかつて存在したメーカーBMCの「バンデンプラ・プリンセス」。ほぼ「ミニ」をセダンタイプに拡大したADO16のリバッジによる1モデルながら、本革とウォールナットに囲まれた豪華な内装の造りこみで「ベビーロールス」と呼ばれることもあり、実際にロールス・ロイスも所有していながら、狭く混雑したシティ・オブ・ロンドンやその近辺に出向く際はコンパクトなバンプラでといった富裕層もいたほどです。

(※)ショーファードリブン / ショーファードリブンカー:お抱えの運転手に「運転させる」ということ、そういった車格のクルマ。対義はオーナー本人が運転を楽しむためのクルマという意味での「ドライバーズカー」「スポーツカー」

 

今回ご紹介するクルマも、コンセプトの根幹ではそこを狙っていたと思われるものの、名門アストンマーティンと、ベース・サイズ・コラボ体制ともに意外とも思える組み合わせによって生み出された1台でした。はたしてその結果はどういったものだったのでしょうか?

 

環境指標クリアの必要から生まれた「小さなアストン」

アストンマーティン「シグネット」は、トヨタ「iQ」をベースに内外装をカスタマイズしたクルマで、誕生に至ってはアストン-トヨタの経営トップ同士のレース中のパドックでの立ち話が発端となったともいわれています。

 

近年自動車メーカーを悩ませるCAFEという環境指標Corporate Average Fuel Efficiencyの略)があります。これは自動車を製造する企業毎に生産する全車両の平均CO2排出量(≒燃費)を算定し、その平均値が基準値を上回らないように義務付けられる(未達成への罰金あり)というもので、アストンマーティンのような大排気量の高性能車のみ少量生産しているメーカーには非常に不利に働いてしまっています

アストンマーティンの顧客層が、ちまちまと燃費を気にするとは思えませんが、CAFEペナルティは最終的に販売額に上乗せすることとなりますので、いかにプレミアムブランド車といえど割高感は出てしまいます。そこで小排気量車をOEM調達して開発費を抑えつつ、ラインアップに加えることでCAFEに算定される平均CO2排出量を下げようと試みたわけです。

 

くわえて社会的影響力のある自分たちが率先して環境にやさしいクルマに乗るべしという「意識の高い」セレブリティもちらほらとはいることですし、冒頭で述べたような「小排気量小型車の普段使いでの利便性に(富裕層の)所有感をも同時に満たせるプレステージ性」を付与することでの、企業存続の将来的な展望を見据えての取り組みだったのでしょう。

 

「小さなアストン」の成り立ちと実力や如何に?

さすがに4座ながら+2未満のサイズ的にショーファードリブンという線はあり得ないと思われますが、トヨタ自身も「プレミアム・マイクロカー」をコンセプトに掲げているiQをベースにして、歴史あるドライバーズカーの専業メーカーであるアストンマーティンはどのようにクルマを仕上げてきたのでしょうかその詳細をみていきましょう。

日本のトヨタ高岡工場から完成車として輸送された後、イギリスはゲイドンのアストンマーティン本社工場にて内外装を分解、1台毎に約150時間をかけて職人の手作業によって仕上げられ「全長3mの中にアストンマーティンを表現」しています。

 

  • ルーフ・ドア・リアフェンダーを除く外板パーツの交換と塗装
  • アストンマーティン伝統の「Vaned」グリルと、サイドとボンネットのエアアウトレット追加
  • ヘッドライト本体はiQから変わらずながら、グリルとのデザイン連続性を付加して「アストン顔」となるバンパー造形
  • リアコンビランプをDBシリーズと同イメージのものに
  • エギゾースト系はステンレス製に置き換え
  • 最高級クラス素材による本革シート / ドアトリム / ダッシュパネル、ヘッドライナーはアルカンターラ(高級人工スェード)
  • ダッシュパネル~センターコンソールにかけても革張り、伝統的なアストン・マーティン車に倣ってのデザインの統一
  • 専用ホイール(16インチ、iQは15および16インチ)

 

一方パワートレイン(98ps)やサスペンション設定の変更はなく、内外装の高級化や遮音化での重量増は40kgほど。ここで走りを意識して「重量増が」などといってしまうと「このクルマの本質を分かってない」といわれてしまうのかもしれません。

過剰な走行性能が必要のない場面、またそういった事に興味やこだわりのない人が、トヨタのメカパートという安心感とともに、乗っている限りはそれしか目につかない2000~3000万円のクルマとも同等の内装を味わうにはコスパの高い選択になるのではないでしょうか。

 

短命に終わった小さな高級車

そんなシグネットですが、2011年1月の発売からわずか2年半後の2013年9月には生産終了となってしまいます。ベースのiQもコンセプトそのものは高く評価されながらも、売れ行きは決して芳しく、アストンマーティンの目論見でもあったCAFE低減のための販売目標のわずか1%ほどに留まってしまったことが原因です。

 

ちなみに筆者はオモチャとしての乗り物を除くと、同様に「プレミアムコンパクト」として5ナンバーサイズに1クラス上の内装をウリにしていた、日産ティーダを日々の足として非常に満足してたのですが、これも1代限りでラインアップから消えてしまいました。

逆に「軽自動車」としてガッチリはまった枠の中であるが故か、軽自動車で内装の高級化を図ったようなモデルはそこそこ成功しているようにも見えます。

一定の制限なしにラグジュアリーかつコンフォートな空間を求める場合には、受動安全も含めてのある程度の広さ(=大きさ)も必然と感じる人が多いのかもしれません。

 

もっとも、アストンマーティンの場合は前述のとおり、ドライバーを楽しませてナンボの「スポーツカー・ドライバーズカー」専業でやってきたメーカーとその顧客層ですから「過剰な走行性能が必要ない」という人はほとんどいないのではないかと思われます。

冒頭でのバンデンプラのように、ドライバーズカーとしての期待をされないような、コンパクトであってもパッセンジャーが主役のクルマづくりと、それに通じたメーカーとベース車であれば、また違った結果となっていたのかもしれません。

 

ちなみに、2018年には4.7LのV8を搭載して拡幅したシグネットをワンオフ受注生産開始していました。ある意味、アストンのファンが本来求める部分を補った形ではありますが初志はどこにいった?と思うのは筆者だけでしょうか。シグネットの名が意味する「白鳥の雛」に象徴されるように新しいアストンを確立する可能性もあった一台ですが、決してうまく飛び立つことができなかったようです。

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Kenn

Kenn

モノと生き物の境目が曖昧なちょっとイタい人。 バイク・クルマに限らず、作り手の情熱・魂の込もったモノに惹かれます。 DOS時代から名乗っているハンドルなので、某声優のほうが後発デスヨ