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雨音はショパンのように美しく聞こえない【for Rideコラム】

雨音はショパンのように美しく聞こえない【for Rideコラム】

東北から関東に戻るために、腹ごしらえで東北道に乗る直前にラーメン屋に入ったのが、空を真っ赤に夕陽が染めている時間帯だった。ラーメン屋に置かれているテレビでは真夏にやってきた気の早い台風のニュースで持ちきりだ。しかも通過コースがその日の夜に関東から東北へと抜けるという、俺の走る逆方向でどこかで正面衝突すること間違いなしの、まったく逃げようがないコースだ。一瞬山形方面に逃げて、新潟から関越道というコースを頭がよぎるが、どちらにしろ雨の中だろう。開き直ることにした。

 

合羽の上下。ロガーブーツには養生テープをぐるぐる巻きにするのが、大雨のときの対処法。上着は合羽の上にゴアテックスの上着を重ね、多少の暑さを我慢しながら東北道に。

白河を過ぎたあたりで第一波がまともにきた。もはや笑ってしまいそうな大雨で、一瞬でマジックテープでがっちり固めた袖口から水が入り込み両肘あたりがちゃぷちゃぷするのが分かる。それでも止まるわけにはいかない。やせ我慢で歯を食いしばり走る。

もう10年以上前だろうか。やはり台風が関東を直撃したときに、夜の保土ヶ谷バイパスをショベルで走った。バカヘルにデンシェード、あまりの痛さに頬と口元はタオルを巻いて、走り始めて5分で合羽が自分の役割を放棄した。そんな中を走っていると、はるか先に、目の高さ辺りで空中を漂う不思議な細い線のような物体が見えた。

「あれはなんだ?」なんて思いながら走っていると、その不思議な細い線がものすごい勢いで近づいていることが分かる。そしてその線が30メートルほどに近寄ったときに、それがなんであるか理解できた。

反対車線の大型トラックが巻き上げている水しぶきだ。しかし気付いたときには手遅れだ。こちらも雨でスピードを出せないとはいえ、50キロは出ているし、対抗するトラックはもっと速いスピードでこちらに向かっている。

避けるまもなくその水しぶきがかかった。いや、そんな生易しいものではない。水しぶきが激突してきた。

シェードはずれ、まともに両目に水が入り、一瞬目を開けることもできない。シェードを直し、何度も細かい瞬きをしてなんとか目を見えるようにしたが、さすがに狩場の出口手前で左によって止まった。

ショベルから降りた瞬間、合羽の中に溜まっていた水が体中から流れ落ちた。そんなことを思い出しながら東北道を走る。

 

開き直ってしまえば、雨もそれほど嫌いではないが、台風直撃のような大雨はさすがに疲れる。それでも空冷エンジンのショベルが、雨に当たることによってなのか、そういうときはいつも調子いい。だが逆に調子がいいからまだ走れるけれど、こんなときにトラブルでも起こしたらどうなるんだ、なんて空想をしてしまうと、しばらくはその恐怖に付きまとわれるから、そんなことは考えないほうがいい。

最初から合羽をきるような雨なら諦めもつくが、着るかどうかを迷いながら結局ずぶ濡れというのが癖が悪い。天気が崩れるのは知っていたし、ポツポツと振り出してきた。まだいけると思いながら走っていると、膝から下が濡れだし、そこから股間あたりが染み出したらそろそろやばい。そんな時に限って合羽を着た瞬間に太陽が出たりする。

キャンプ場で目覚めたときに雨というパターンも最悪だ。何しろ濡れたテントをたたむ作業が煩わしい。おまけに最近はテントの防水性が悪く、寝袋やマットも濡れてしまう。なんとかずぶ濡れのテントなどを仕舞い込んで、その日もまたキャンプの旅の途中だったりすると絶望的だ。濡れた荷物を防水ダッフルバッグの中に仕舞うほど理不尽なこともないだろう。

 

長崎から大分までの短い距離で、大雨でずぶ濡れになり、200キロにも満たない距離で、その日の走りを諦めて、もうキャンプも嫌になりビジネスホテルに逃げ込んだのは2年前だ。ホテルの受付前の床を泥水で汚してしまったことを謝ったが、部屋で着替えた瞬間は、自分の判断の正しさを祝したものだ。

そんなことを延々考えながら走り、それでもまだ那須高原。どこかで泊まってしまおうかと一瞬考えるが、残りはたいした距離でもない。そんあところでホテル代は使いたくないから、頑張って走り続け「それでも俺はずぶ濡れになりながら走るのも嫌いじゃないんだ」なんて何故か意地になりながら走ると、電光掲示板に「栃木〜佐野藤岡、大雨通行止め」

 

家にたどり着き、ブーツの中から盛大に水を流しだしたときには、さすがに「雨は嫌いではない」とは思えなかった。

 

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