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女性の履くパンプスというものは実に恐ろしく思える。
どう見ても物理的に足が入りそうにない小さな靴で、なおかつ前かがみになりそうなヒールの高さ。
一種の”拷問器具”にすら思えてしまうが、華麗に歩く姿は実に美しい。
美しさの追求のために足の痛みや、歩きにくさを克服しているのであろうか。そうだとすれば男には到底無理なことだ。
一年中ブーツで過ごしている
バイクに乗るのに最適だし、スタイル的に一番好きだからというのが理由だが、なんとなく女性ほどではないが、無理して頑張っている美学みたいなものをブーツに感じている。
古いブルースだったか、何かのエッセイだったかに女にフラれる男のはなしがあった。女の部屋で「出て行って。二度と顔をみせないで」と三行半を下される。男は部屋を出るのに靴を履くのだが、その時に履いていたのが編み上げブーツで、紐を編み上げるのに時間が掛かるのだが、それを慌てずにクールに結んで部屋を出る自分を男が褒める。あんな状況でもクールにブーツを履ける自分が好きだ。
そんな曲だったか文章だったか。
履きなれたエンジニアやペコスブーツなら脱ぎ履きに手間はかからないが、ロガーブーツなどは朝編み上げてしまったら、一日中脱ぎたくはない。
旅の朝にテントをたたみ、最後にブーツの紐をしっかりと絞める時間が好きだ。
だが日本は靴を脱ぐ文化だ。途中によった飯屋が座敷の事だってある。誰かの家によれば、必ずブーツを脱がなければならない。それでもひとりなら良いけれど、何人かで行動している時は、ブールの脱ぎ履きに人を待たせてしまうことになる。
それでもクールに「ギュっ」と紐を編み上げる。そんな時間も悪くない。
重いし暑いし面倒臭いし。それでも無理してブーツでいたい。ホンネでは若者のようにスニーカーで軽やかに、なんてことも考えるが似合うはずもないだろうし、無理して若ぶるのは、無理の仕方が違う気もする。
オヤジのブーツ姿などは暑苦しくて薄汚いだけで、女性のパンプスのような美しさはないけれど、ほんの少し無理に無理する姿は重なっていないだろうか。