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ヤマハ

4代目社長であった川上源一が1955年に楽器製造会社である現ヤマハ株式会社から独立という形でヤマハ発動機株式会社をスタート。赤トンボの愛称で親しまれた生産第一号車「YA-1」は国内のレースで好成績を収めヤマハの名を全国的に売った。1966年には歴史的名車である2000GTをトヨタと共同開発し、エンジン製造技術を確固たるものとする。バイクメーカーとしては日本最後発ながら売上規模は世界第二位。近年は電動バイクや三輪事業にも積極的に取り組んでいる。楽器メーカーがバックボーンにあるからなのか「排気音がいい音がする」と言われている。バイク以外にも船外機や、電動自転車や車椅子、はたまたプール設備などまで様々な物を手掛けている。