この記事の目次
二輪であれ四輪であれ、モータースポーツに参加している競技車両には独特のカッコ良さがあります。その時々の最先端技術や高品質なパーツ、そしてトレンドをつかんだデザインなどがその秘密であり、それぞれの”時代”を感じさせてくれる象徴ともいえるでしょう。
20世紀初頭のアメリカで人気を博していたボードトラックレーサーもまた、歴史の中に埋もれてしまった競技車両のひとつ。そのイメージをもとに、同国のカスタムバイクショップ A BIKE COMPANYはカスタムバイク「ABC 500」を作り上げました。ベース車は1970〜1980年代にかけて発売されていたホンダのオフロードバイク XL500。往年のスタイルを踏襲しながらも、近代的な機構で乗り心地と安全性も確保されています。
低く構えたレトロなデザイン
ロー&ロングで細身な車体が美しいこちらがABC 500です。タイヤサイズはフロントもリアも同じ26インチで、幅は120mm。現代のバイクを見慣れた私たちからするとその細さに驚いてしまいますが、1970年代以前のバイクは大外径かつ小幅のタイヤが普通でした。こうした部分からもレトロさが滲み出ています。
タイヤをしっかりと覆っている前後のフェンダーからもまた時代を感じますね。
さらにレトロな雰囲気を強調しているのが、機械的な機構を持つガーターフォーク。ホイールを固定するパイプとリンク機構などで構成されたかなり古い形式のフロントサスペンションです。単純な性能面では現在一般的なテレスコピックに劣りますが、チョッパーやビンテージアメリカンなど見た目を重視するカスタムでは御用達です。
ちなみにかなり低めのハンドルなため一見セパハンに見えますが、実はステアリングステムに溶接されたバーハンドル仕様です。これもまたガーターフォークゆえの工夫といえるでしょう。
ボードトラックレースについて
ところで、ボードトラックレーサーとはどんなバイクだったのでしょうか?
話は19世紀末に遡ります。当時は現在のオーバルサーキットの先駆けともいえる、路面に木板を敷き詰めたコースでのレースが盛んでした。木の板=ボードのトラックでスピードを競うことから「ボードトラックレース」と呼ばれ、そこで使われる競技車両が「ボードトラックレーサー」と呼ばれたわけです。
最盛期には24カ所のレース場と、一レースで8万人という聴衆を集めたほどの人気を誇っており、モータースポーツの一時代を築き上げたと言っても過言ではありません。
ボードトラックレースに参加していた車両の特徴は、とにもかくにも「前進すればいい!」とでもいわんばかりの割り切り仕様。自転車のような華奢なフレームにハーレーやインディアンの大きなエンジンを載せていました。当然フロントフォークやリアサスペンションで路面のショックを吸収するなんて考えはありませんし、クラッチもなければブレーキすらありません。そんなバイクで最高時速は150km/hにもなるレースに挑むなんて命知らずにもほどがあります……!まさに男のための乗り物だったわけです。
当時の参加者の服装もまた思い切りが良すぎます。ハーフキャップのようなアゴ丸出しのヘルメットを被り、本革を使った厚そうなズボンと薄生地の長袖、と現代では考えられない「安全装備」でレースに臨んでいました。
リジッドに見えて実はエアサスあり!
そんなボードトラックレーサーの流儀を受け継ぐABC 500ですが、あくまでリスペクトはスタイルに留めてきちんと乗り心地や安全性も考え抜かれています。
ブレーキもクラッチもあるのはもちろん、その際たる工夫がフレームとリアサスの処理にみて取れます。パッと見はスイングアームのないリジッドフレームのように見えますが、よーく見てみてください。スプリングこそありませんが、シート下に紛れもないダンパーが確認できます。こちらはエアサスになっているとのことなので、見た目よりも十分な性能を発揮してくれそうです。
ある種のリノベーション的手法ですね。個人的にはかなり好きです。
ネオレトロでバイクを楽しむ
レトロなスタイルを現代的な機構と工夫で再現していく様は、まさに近年流行のネオレトロそのもの。中でもバイクレース黎明期のボードトラックレーサーを題材としたABC500は「ネオレトロの急先鋒」と言っても過言ではありません。ちょっと分野は異なりますが、外観は昔ながらに内装や家具などをモダン化するヨーロッパの住宅に通じる精神も垣間見えます。伝統の中に隠れた先進こそ至高です!