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東京の調布市にある「MHプロダクツ」は少し変わったモーターサイクルショップである。もちろん良い意味でだが。
オーナーの山下氏はその人生のほとんどをモトクロスに打ち込んできた。当然ライダーとしてのテクニックは素晴らしく、当時ファクトリーチームに十分入れる力を持っていたが一人分の枠しかなく惜しくも選考にもれてしまった経緯を持つ。しかし、その後もモトクロスを中心に活動を続け多くのマシンやパーツをプライベートながら開発し続けている。
膨大な知識と経験に裏付けされた確かな技術
彼の素晴らしさは、モーターサイクルのエンジン、車体、バランス、サスペンションなどすべてにわたって完全と言えるほど把握していることだ。今まで開発してきたパーツやシステムは数知れず、メーカーが後に市販車に採用しているモノもいくつかある。素人だったら特許を取ってればと思うほどだ。
その一つにチタンで造られたリヤサスのバネがある。当時モトクロス用には合わないというライダーの理由でファクトリーチームでさえ採用しなかったこのチタン製バネをMHプロダクツはかなり前から採用していた。もちろん性能面で十分役に立つからである。
今ではチタン製のバネは世界モトクロス選手権に出場するファクトリーマシンの常備品になっている。決して大袈裟ではなく彼はサスペンションに関して世界的な技術者と言っても過言ではない。数えられないほどモディファイ、つまり改造してきた中には世界最高峰のアメリカンモトクロスの一流プロレーサーや日本のモトクロスレーサーのマシンもある。ロードレースでも多くのサスペンションを手掛け、アジア選手権に出場しているタイのロードレーサーやモトクロスのマシンにも彼の技が入ったマシンが出場している。
ちなみにタイのモトクロス場やサーキットでは彼の存在は有名である。アメリカのモトクロス専門誌でテストした時にはテストライダーが「夢のようなコーナーリングだ」とモトクロスなのにコーナーリングの安定さも見抜いてくれた。
サスペンションの性能は値段に比例しない
国内外に幾つかのサスペンションを扱う専門店があるが彼ほどの技術と知識を持っているとは思えない。なぜなら他でモディファイした客が最終的に彼の元にやってきているからだ。レース大国アメリカでもサスペンションを専用にモディファイするショップが数社あるが、実際彼のモディファイしたサスペンションに乗ったことのあるアメリカのプロレーサーは彼の実力をはるかに高く評価する。もしかしてサスペンションメーカーの技術者は彼の知識、技術力が手痛い存在なのかもしれない。
彼が手がけたサスペンションははっきりと成果がでる。レース用でもストリート用でも。また初心者でもプロレーサーでもその成果はすぐわかる。これはすごいことである。どんなサスペンション・ショックアブソーバーも完全に分解し使用目的に合うよう再度組み上げられる。ときにはオイルタンクをオリジナルのアルミ削り出しで造って量を増やしたりもするが、基本的には今のマシンに付いているサスペンションを改造する。大排気量でハイパワーな市販車のサスペンションをわざわざ買い替える必要はない。
多くのライダーが一流と言われる海外ブランドの高価なサスペンションを付けて街乗りを楽しんでいるが、本当に性能はアップしているのだろうか。その価格に見合った性能が引き出せているのだろうか。彼の改造技術は高価格のサスペンションを付けることではなく今ついているものをモディファイして提供してくれる。だから彼の店ではサスペンション本体は売っていない。
MHPのステッカー=安心
こういう改造は結果がすべてを表すので、ビジネスとしては非常にシビアな世界である。結果を出すには実践しなければならない。40年間以上にわたる彼の経験は自身に大きな技術と自信を与えた。日本人はとかく理論が好きで、机上で完全に説明できないと納得しない場合が多い。理論だけで素晴らしいものが造れるのなら科学者と言われる人たちは素晴らしい究極的なものを数多く生み出してきただろう。もちろん彼も理論で説明することができる。ただ彼の理論には多くの実践経験に支えられた強さと信頼がある。工業系の大学出身者とはいえ物理学、とりわけ力学に関しての彼の知識は高い。
彼がサスペンションをモディファイする際に基本として考えているのは「安心」。どんなレーシングマシンであれ、初心者の女性が乗る街乗り用であれ、この基本は変わらない。だからレースではアクセルを開ける時間が長く、結果速く走れる。一般公道では乗りやすさとブレーキング時の安定を与えてくれる。
MHプロダクツの顧客にはリピーターが多い。ここでサスペンションをモディファイしてもらうと新車であれ他のマシンには乗れなくなってしまうお客が多いのがその理由である。そんな彼らの誇りは「MHP」のステッカーが貼られたサスペンションだ。
メーカーの技術者やプロレーサーに対しての知名度は高いのだが、残念ながら一般のライダーには”知る人ぞ知る”感があるMHプロダクツ。ただ一般の街乗りのライダーこそ本物のサスペンションの効果を知ってほしい。彼の技術はそれを可能とし、5分間乗っただけでその素晴らしさを経験できる。
日本にはこんな技術者がやっぱりいるのだ。よく凄腕の職人のことを「神様」だとか「匠」と表現するけど、彼の事を「一流の匠」と言わずして何というのだろうか。