未亡人が続出!? キケンなほど速かったヴィンセント「ブラックシャドウ」って知ってる?

トライアンフやノートンをはじめとして、イギリスには由緒正しい名門バイクメーカーが多数存在しています。今となっては歴史の闇に埋もれてしまったメーカーも数しれず。中でも、クラシックバイク好きの間で別格の存在として今なお語り継がれているのが「ヴィンセント」です。

マニアの熱い視線を集め続けている代表モデル「ブラックシャドウ」にフォーカスしながら、その歴史と逸話を紐解きます。

 

イギリス製バイクが世界を席巻するにいたる助走期に誕生

1940年代の戦闘機製造工場の風景。ヴィンセントもこうした手作業による組み立てが行われていたに違いない。

ヴィンセントの創業者、フィリップ・ヴィンセントはまだリジッドフレームが主流だった1928年に「スプリングド・リアアーム」と称するリアサスペンション付フレームを作って特許を取得します。このときなんと若干19歳。比較的裕福な家庭で育ったこともあり、理想のバイクを造るために自分の会社を興そうとするのです。

 

その際、父親の「まったくの新参にならないほうがよい」というアドバイスを受け、廃業間近だった既存メーカー「HRD」を買収。工場敷地を除いた商標、営業権、生産治具・工具等の全てを引き継ぎ、「ヴィンセントHRD」としてロンドン北のスティーブネージで同年に創業します。

公道レースとして世界的に名高いマン島TTにも早々に参戦しました。当初、惨憺たる成績でしたが、初期に採用していた他社製エンジンに見切りをつけ、自社製エンジンの開発に着手。メテオやコメットといったモデルの開発に成功して以来、頭角を現すことになります。

 

なお、創業以来HRDの大きなロゴに、小さく「ザ・ヴィンセント」と添えられていましたが、第二次大戦終結後にアメリカへの輸出が急増したことから、ハーレーダビッドソン(HD)との混同を避けるために1950年からは「ヴィンセント」とするようになったといわれています。

 

VINCENT表記になっている、1953年式のブラックシャドウ

それからわずか5年後。第二次大戦後の新秩序によるイギリスの経済不振と、安価なクルマが出回るようになったことによる戦後から続いたバイクブームの陰りから経営が困難に陥ります。結局同年の末にはそのまま倒産してしまいました。

 

初の市販車200km/h越えを達成した歴史的名車

1953年式ブラックシャドウのフルスケール150mile/h(240km/h)のスピードメーター

翻って、ヴィンセントの黄金期に話を戻してみましょう。1936年型のヴィンセント・シリーズA・ラパイド発売の後、第二次大戦中は軍用のボートやポンプに使われるエンジンの製造などを手掛けていましたが、戦時下に設計だけは終えていたシリーズB・ラパイドを1946年にリリースします。内蔵式ギアボックスやエンジンを剛性確保に活用するバックボーンフレームといった近代的な構成は革新的なものでした。

 

そして、そのシリーズBを下敷きとしながら、さらに発展させて1948年にリリースされたのが、シリーズC・ブラックシャドウ です。

世界を驚かせたブラックシャドウのスペック

現代のバイクを知っていると、それほどでもないとも思えてしまいますが、これが70年前のことだということは忘れてはいけません。おおよそシリーズBからの踏襲であるものの、様々なリファインがなされています。

 

  • 998cc 空冷50度挟角Vツインエンジン46~56ps
  • 最高速度はシリーズBの160km/hから201km/hまで向上
  • 車重208kg
  • フレームレス構造(エンジンをサブフレームとし、バックボーンがオイルタンクを兼ねる)
  • フロントにはガーターフォーク。形式こそ変わらないもののシリーズBの摩擦ダンパーつきから油圧ダンパーつきに進化
  • 1980年代のヤマハのレーシングバイクでも使用されたカンチレバー式リアサス
  • ディスクブレーキの登場まで高性能の証だったツーリーディング式ドラムブレーキ

 

リアサスに最新形式を採用しながら、フロントに当時すでに先進技術として登場していたテレスコピック式を使わなかったのは、いわゆるねじれ剛性の低下を考慮してといわれています。フォークの作動性やブレーキングの安定性を優先した上でのチョイスだったというわけです。

 

なお、ブラックシャドウから走行に不要なパーツを取り外し、可能な限り鋼製部品をアルミに置き換えて-40kgの軽量化を実現したレーシングバージョン「ブラックライトニング」も存在しています。

 

高性能ゆえに生まれた逸話の数々

そういった先進性を備え、性能も飛び抜けていたブラックシャドウには、数々の逸話が残されています。

 

じゃじゃ馬すぎて未亡人が続出!?

一番有名なのが、Widow Maker(未亡人製造機)というあだ名に象徴される暴れ馬加減。これはblack-widow( 黒衣の未亡人)の語呂遊びのような気もしますが、そう呼ばれることが多かったようです。

 

実際、筆者自身は博物館収蔵の現車を見た際、「これで200km/h出すの?」というのが正直な感想を抱いたくらい不安を覚える車体でした。だってフレームはガソリンタンクの下に茶筒が長くなったような細いものがあるだけなんですよ?マジで。

もっとも、「本当に200km/h出るか」で無理と無茶をした人も多かった結果であることはいうまでもないでしょう。

 

インパクト大な水平乗り

男性が裸で腹ばいでバイクに乗る……一部で有名な画像があります。いわゆるマッハ乗りやフライング乗り、ロケット乗りともいわれるライディングポジションですね。パンイチというユーモラスなインパクトのほうが優ってしまって、面白画像とされているケースもあるような。

 

今見るとただの曲芸にしか見えませんが実はこれ、レザースーツにできるわずかなシワとバタつきさえも嫌い、大真面目に空気抵抗を少しでも減らすために選んだ決死のスタイルでした。時は1948年、アメリカはユタ州ボンネビルのソルトフラッツでの速度記録大会のこと。世界最速の240km/h越えに挑戦し、達成した時の模様です。ここで使用されたバイクが、ブラックシャドウのレーシングバージョンであるブラックライトニングで、その名を世界に轟かせるきっかけともなりました。

 

それにしても、ライダーは200km/hオーバーの走行風と塩のツブだけでも相当痛かったのではないでしょうか。転んだときのことは考えない方が良いでしょう。

1億円を超えることもある現在の価値

もはや伝説ともいえるブラックシャドウの価値は、今となってはとんでもないものです。オークションに出品されれば1,000万は下らず、希少なレーシングバージョン(ライトニング)ともなると9900万円であったり、前項のとびきりのヒストリー付きのパンイチ号現車は(推定で)1億1700万円で取引されたとされています。欲しがってもどうにもならない世界ですね。

 

ちなみに筆者がヤマハSRV250を所有したきっかけもブラックシャドウの影響だったりします。かのバイクの先進的な設計を1960年代当時の技術をもって解釈し直し、扱い易くしたカスタムマシン「エグリ・ヴィンセント」に感銘を受けて、庶民でも手の出せる範囲で似たものを選んだ結果だったんです(笑)。

 

SRVが手の出せないほどの高値を呼ぶことは早々ないでしょうが、状態の良いものはめっきり少なくなってきました。このスタイルに惚れてビビっときた人は今のうちに上物を確保しておくべし!

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Kenn

Kenn

モノと生き物の境目が曖昧なちょっとイタい人。 バイク・クルマに限らず、作り手の情熱・魂の込もったモノに惹かれます。 DOS時代から名乗っているハンドルなので、某声優のほうが後発デスヨ