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こういう仕事をしていながらも、どちらかといえば「世の流れの中で立ち止まってる」方向性のバイクライフを送っているだけに、業界ニュースには比較的アンテナの低い筆者であります。
そういった情報に目ざとい・耳ざとい方には周知の事実ではあったのかもしれませんが、突然カワサキがSNSでポロっと発信した「メグロ復活」には驚きました。
昨年のスズキ「カタナ」やカワサキ「Z900RS」といったリバイバル系ネオクラモデルに続く、ビッグネームの復活といったところですね。
様々なリバイバルモデルはありますが、今回の復活のタイミングには、カワサキの二輪部門分社化と合わせると、少々格別な思いと喝采を送りたいところがあります。
大雑把ではありますが、歴史的な流れから辿ってみましょう。
歴史的バイクメーカーのひとつ「メグロ」
「メグロ」といっても10代20代の読者の方には、あまりピンとこないのではないでしょうか。
バイクブーム世代の筆者でさえ、実際に見て触れた機会はほとんどありません。せいぜいツーリング途中の休憩等で寄ってくる「昔はワシも」系オジさんが「陸王がー、メグロがー」って言ってるのを聞かされていたくらいです。
1950~1970年代に現役だったであろう、その世代の方々はもはや80代。今となっては出会う機会はあまりないかもしれません……
大排気量モデルを主力としつつ戦後のレースで活躍
メグロ(目黒製作所)は1924年に創業した日本のメーカーで、バイクとしては1937年に「メグロZ97」を最初のモデルとして発表しています。
戦時中にはバイク生産は中断して航空機部品の生産に携わりますが、戦後にオートバイ生産を再開し、1950年代には日本初の本格的ロードレースといえる「浅間火山レース」で活躍しました。
このように、戦前からの日本のバイクメーカーとしては、もっとも長く活動していたのですが……比較的大排気量車を得意としていたことから、戦後の後発メーカー主導の小型車人気の時流に乗れず業績が悪化してしまいます。
自動車業界を再編統合することで国際的な競争力をアップするという国策もあり、1960年にカワサキ(当時の川崎航空機工業)と業務提携します。
しかし業績は振るわず、1964年には経営破綻したことから川崎航空機工業に吸収合併されて、その後の川崎重工オートバイ部門の中核となりました。
現代と直接繋がっている?メグロK2
提携時代の「カワサキメグロ製作所」で開発されて1965年に発売されたカワサキ「500メグロK2」ではメグロの名を引き継いでいますが、吸収合併後の発展モデルであるカワサキ「650W1」からはメグロの名称は消えてしまいます。
しかし、そそり立つバーチカルツインエンジンを起点とした車両フォルムは、その後のカワサキ Wシリーズ(650、400、800)にまで、時を超えて色濃く引き継がれています。
新型メグロはW800ベース、その名も「メグロK3」!
そうした中における今回の「メグロK3」の登場。現状でカフェレーサーモデルやストリートモデルも存在するW800シリーズの、塗装やディテール等で手のかかる工程を増やした、ヘリテージモデル上級版といった立ち位置でラインアップされます。
やはり既存のベース車があるだけに、メグロK2をそっくりそのままなぞったデザインとはなっていませんが、逆にモデル系譜を凝縮したと解釈することもできます。
現状のラインアップ拡充が主目的であろうとは思いますが、メグロが吸収合併されたという歴史の経緯を鑑みると、今回の二輪製造部門分社化のタイミングにおけるメグロ復活は、ブランドヒストリーを上手く使った粋な一手ではないでしょうか!
ブラフ・シューペリア「SS100」やヴィンセント「ブラックシャドウ」等でもそうだったように、欧州あたりで歴史はありながら途絶えてしまった車種のリバイバルでは「ブランドの血脈、正統性」が必ず取り沙汰されますが、それに関してはなんら問題はありませんね。
これからも「メグロ」ブランドでのモデル展開があるのかないのか、どうなるかは気になるところです。
とりあえずメグロK3が道の駅やパーキングエリアでは、爺さんホイホイバイクとして名を馳せることにはなるのは間違いないでしょう(笑)。