ランボルギーニがトラクターから作り始めた理由って知ってた?

「三大スーパーカーメーカー」という言葉を聞いて誰もが必ず思い描くであろう、ランボルギーニ。最近のフェラーリが、用途次第でのコンセプトとモデルの整理と再構築から、より端正に洗練された方向性を目指しているのと比較すると・・・・・・

ランボルギーニは昔ながらのスーパーカーイメージそのままに、低いウェッジシェイプのボディにミッドシップエンジンという、ラディカルでエキゾチックなアクの強いモデルが中心で「我こそスーパーカー!」と主張しているようにも感じます。(もっとも、両社とも時代の流れには逆らえないのか近年にはSUVモデルも追加もしくは追加予定としていますが)

 

今回の記事では、そんなランボルギーニの原点ともいえるモデルとその歴史をご紹介しましょう。

 

ランボルギーニの出発点でもあるトラクター

1961-ランボルギーニ-2241R-Tractor

Guido Bissattini ©2020 Courtesy of RM Sotheby’s

ランボルギーニの創業者、フェルッチオ・ランボルギーニは、第二次大戦終結後に軍が放出したトラックを、民間に向けて改造・転売することで時流にのり富を得ます。
それを元手に1949年にトラクターの製造・販売に参入して更なる成功を収めて富豪となり、様々なクルマを収集しはじめるのですが、その中には当然のようにフェラーリも含まれていました

 

そのフェラーリの度重なる故障に悩まされたことから、様々な説はあるのですが・・・・・・

  • エンツォ・フェラーリにフェラーリ250 GTの機構的な改善策を、技術者としての見地から直談判したものの適当にあしらわれた
  • フェラーリが、レースのために市販車を売ると公言して、顧客をないがしろにしていると思った
  • フェラーリが、自社のトラクターに使っている部品と同じものを使いながらも、その部品に10倍の価格をつけていることが気に入らなかった

などをきっかけとして、自身の自動車メーカーを立ち上げることを決心したといわれています。

 

その後の自動車メーカーとしてのランボルギーニについては有名ですので割愛し、次章では原点であるトラクターにスポットを当てていきます。

 

ランボルギーニがトラクターで成功したワケ

1961-ランボルギーニ-2241R-Tractor

Guido Bissattini ©2020 Courtesy of RM Sotheby’s

前述のとおり1949年からトラクター事業に参入して成功するのですが、やはりなんでも無条件に売れたわけではなく、そこには独特の工夫があったのです

 

トラクターは、現在でも高圧縮により発生する熱で燃料を自然発火させる仕組みであるディーゼルエンジンが主流。そのため、技術的に成熟していなかった当時はエンジンが冷えた状態では始動性に難があり、あまり使い勝手がよくなかったのですかといってガソリンエンジンを搭載するとコスト高に繋がるという問題がありました。

そこでフェルッチオはガソリンを使ったヒーターを組み込んで、少量のガソリンで始動がカンタンになるまでの予熱を行える仕組みを編み出しました。始動したあとは安価な軽油で運転できるという機構で問題を改善し、大ヒットとなったのです。ちなみに余談ですが、現代のディーゼル機関では電気を使った補助熱源、グロープラグの予熱で解決しています。

 

しかしその後、トラクター事業であるランボルギーニ・トラットリーチSpAは、1971年のボリビアのクーデターで5000台もの大量注文の一方的な中途キャンセルを受けて資金繰りがつかなくなり、事業はフィアットに売却されてフェルッチオの手からは離れてしまうのですが、現在に至るまで乗用トラクターを作り続けています。

 

フェルッチオの愛した2241R

1961-ランボルギーニ-2241R-Tractor

Guido Bissattini ©2020 Courtesy of RM Sotheby’s

今回画像として引用したのは、世界屈指の歴史を持つオークション、RMサザビーズに出品された1961年式 2241R。このモデルには、ランボルギーニのトラクター製品群の中でも比較的小型なものを表す「ランボルジネッタ(※)」という名が与えられています。イタリアのベルガモからの出品で、干し草の刈り取りに便利な鎌式芝刈りが装備されたレアな状態ということもあり、日本円で約130万円という値で落札されました。クルマと比べたら遥かに安いですが、中古のトラクターにこれだけ値がつくということが、このモデルの歴史を物語っています。

 

実は、そのシンプルな構造から自己の成功の礎ともなった初期の製品を想起させるため、自動車部門の数多の名車をも差し置いてフェルッチオが手元に置くほどのお気に入りだったともいわれています。

そして1993年にフェルッチオが亡くなった際には、たくさんのブーケに彩られた彼の棺を、2241Rが永遠の安息場所へと曳いていきました。

※:ランボルジネッタ(Lamborghinetta) イタリア語におけるランボルギーニ(Lamborghini)の女性名詞・女性形

 

実はポルシェのトラクターもあります

ランボルギーニと経緯は違いますが、時の政権と密接な協力関係にあったポルシェもまた、国策の一環としてトラクターを製造していたこともあります。その後1960年代にイセキが輸入販売していたこともあり、比較的日本のあちこち、特に北海道の大規模農場や牧場で見かけることが多かったようです。これがホントの農道のポルシェですね。

 

現在は先進的なエキゾチックカーやスーパースポーツカーで名を馳せる両社ですが、イメージとは異なる製品もあったのです。他にもランボルギーニは試作2機で計画は潰えてはしまいましたが、ヘリコプター製造に乗り出したこともありました。

日本のクルマ・バイクメーカーも同様に、過去から現在に至るまでは意外なものを作っています。調べてみると意外な発見があっておもしろいですよ!

RMサザビーズ

公式サイト

Kenn

Kenn

モノと生き物の境目が曖昧なちょっとイタい人。 バイク・クルマに限らず、作り手の情熱・魂の込もったモノに惹かれます。 DOS時代から名乗っているハンドルなので、某声優のほうが後発デスヨ