ビッグバイクに過去乗っていた者、あるいは憧れる者の”乗りたい気持ち”に火がついた時、それはまるで愛しい人との初デートをあれこれ考えるような妄想の毎日が待っている。
どのモデルにしよう、購入したら何のアクセサリーをつけよう、最初は何処へ行こう、などなど。
インプレッション記事やオプションパーツの通販サイト、あるいは動画や口コミなども読む。ある程度絞りこめたところで、見積もりシミュレーションをしてみたり、カタログ請求をする。こんな感じで頭の中での流浪が続く。
ビッグバイク購入を躊躇するいくつかの不安
ところが、妄想の世界にふける中で、冷や水を浴びせるポイントがいくつかある。
一つ目はそれなりの価格だ。新車の総支払価格をシミュレーションし、あまりにも予算オーバーな場合は中古車を探し、それでも厳しい時はそのモデルが候補から消えていくだけだ。そしてそこには当然、家族の”お許し”もセットになってくる。
二つ目は物理的な問題で、欲しいバイクの置き場所が確保できるかどうか。駐車時に切り返しが必要であれば、その分のスペースも考慮しなければいけない。
最後に三つ目が少し厄介。「自分はこの車両を操ることが出来るか」という不安。これはクルマの場合においても同様のことが言えるが、クルマを動かす時は乗っている時だけだ。しかしバイクはそうじゃない。意外と乗っていない時に動かす場面が多く、これがライダーの多くを悩ませる。
旅の相棒はヤマハ・TRACER9 GT
今回の旅の相棒はヤマハ・TRACER9 GT(トレーサーナインGT)。筆者はこのマシンに親しみを込めて「トレッティ(トレ+T)」と呼んでいるが、本稿ではトレーサー9GTと記す。
元々は2015年に登場したモデルだが、過去2回のマイナーチェンジを経て、今年7月に待望のフルモデルチェンジを果たした。
このバイクに乗ってまず頭に浮かんだ感想は、「全部盛り」もしくは「満腹定食」か「懐石料理」といったところだ。「あとはエアコンさえあれば……。」そんな馬鹿げた欲が浮かぶということは、裏を返せばそれ以外に何の不自由もない。(ナビはスマホ使用、FMはインカム利用)。
ドライブモード、トラクションコントロール、ABS、クルーズコントロール、グリップヒーターに、調整可能なメインシート・ハンドル・スクリーンなどなど、書ききれないほどの機能があるが、このあたりについてはバイクメディアがキッチリ書いてくれているのでそちらを参考にしてほしい。
少しウォーミングアップで走り、ドライブモードの好みを決める。高速道路に乗った後はシフトチェンジやクラッチ操作はなし。巡航速度になったらクルーズコントロールをセットして、高見の見物といった感じだ。なお、クルーズコントロールで一点だけ注意したいのは、クルマのようにレーダーで前方車を感知して減速してくれるわけではないので気を付けてほしい。
【トレーサー9GT】3つのあり得ない!
その1「デカイのに軽い」
全長2,175mmのトレーサー9GTは、上級モデルFJR1300の2,230mmより少し短いだけ。888cc三気筒エンジンで120PSを絞り出し、1,297ccあるFJRの147PSに迫るパワー。スペックを見る限りは間違いなく”ビッグなバイク”なのである。ところが……!
無精者ゆえ、駐車場に前向きで突っ込んでいたトレーサー9GTを出すために後方に押してみると、「ありゃりゃ?」、威風堂々とした外見から想像する重量感を感じさせることなく、スーッと動くのである。
これがもしもリッター4発ツアラーで砂利道だった日には……。そう、トレーサー9GTは押し歩きがあり得ないほど軽いのである!こりゃ嬉しいことこの上ない!
その2「かなり熟成されたエンジン」
2014年にセンセーショナルな登場をしたヤマハ・MT-09。クロスプレーンコンセプトと呼ばれた三気筒の新型エンジンは、当時「4サイクルのRZ」とも例えられるほどパワフルなもので、軽量さと相まってポンポンと空に飛びそうなバイクだった。
翌年にはアドベンチャータイプとして、ツーリング機能を備えたトレーサーが登場したが、今回のモデルはD-mode(走行モード切替システム)も4種類に増えたことにより、走りにさらなる幅広い選択が出来るようになった。
もちろん、何か一つで全てが変わるわけではない。排気量アップ、新しいD-mode、クイックシフター、そして電子制御のスロットルと、様々な機能が進化したことによって、あらゆるシーンでロスの無いダイレクトな操作が出来るようになったため、走りのストレスがほとんどない。クイックかつスムーズな、正に”あり得ない”ほど完璧なバイクコントロールが手に入ったのだ。
最後のあり得ないは「暑いけど熱くない!」
酷暑でビッグバイクに乗る際、避けたいシーンがいくつかある。渋滞やトンネルなど、いずれも熱のこもりやすいポイントでの極低速走行である。なぜなら、外気温30℃以上ともなると、ジャケットをまといヘルメットを被ったライダーに容赦なくエンジン熱が襲いかかる。冷却ファンの音が聞こえ始めると泣きそうになるほどだ。
もちろん、外に飛び出したヘッドシリンダーやクランクケース、あるいはアップマフラーのバイクは、局所的にも熱で攻められる。最近ではやけど対策のためのインナーウェアも用品店に並んでいるくらいだ。
が、しかし!トンネルで低速走行を強いられてもトレーサー9GTは、油温が100度を超える数値を示すのにも関わらず、意外にも熱くないのである。これも”あり得ない”!
ところで、3つの”あり得ない”ポイントが狙い通りの設計だったのかは不明だが、もしそうなら開発者にお会いして、お顔を拝みたいくらいである!
目の前に現れたトレーサー9GTは、迷う気持ちを晴らしてくれる”ひまわり”のような明るい存在だった!
海外ではこんなイメージ動画も流れています
TRACER9 GT SPORT PACK(日本には導入されていません)