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カブの伝説エピソード特集【参】カブ、米国に渡る

カブの伝説エピソード特集【参】カブ、米国に渡る

販売から大ヒットしたカブは、日本だけでなく海外でも根強い人気があります。特にいち早くアメリカへの進出が決まったカブは現地の需要に合わせて様々な姿に変貌を遂げていきます。そこで、今回はアメリカに進出した時のエピソードについてご紹介していきます。

 

日本の宣伝方法をアメリカでも利用して大成功を遂げたカブ

カブの伝説エピソード特集【参】カブ、米国に渡る

カブの販売から1年後の1959年にスーパーカブはアメリカへの輸出を踏み込みました。当時バイクの輸出といえばオートバイの本場であるヨーロッパや、これから伸びてくるであろう東南アジアでしたが、ホンダの専務であった藤澤武夫さんはアメリカへの進出を決めました。

 

もともとアメリカでは4輪の需要が多く、オートバイの需要はないとの見解を持っていました。また、アメリカではオートバイといえば暴走族とも考えられていたため、海外のオートバイメーカー参入するハードルはとても高かったようです。

 

しかし、アメリカは巨大な市場であるため、オートバイを売るハードルは高いものの、売ることさえできれば大量に売れるとも考えられました。

 

その時使ったのは、やはり日本での普及に成功した広告宣伝方法でした。女性に売るためには女性が読む雑誌に広告を載せたり、日本の広告で使われていたキャッチフレーズを英語で表現したりと、様々な施策を展開していったそうです。

 

当時藤澤武夫さんはアメリカに進出させるとき、「日本でやっている宣伝方法をそのままやればいいんだ!日本でやっている考え方でやればいい!」と言って日本の宣伝広告をまとめてアメリカの広告代理店に送ったというエピソードがあります。

 

さらに、一流ホテルのホールを借りて展示会を開催したり、雑誌で宣伝を広めていき、徐々にカブを普及させることに成功していきました。

 

海外での需要に合わせて様々なカブが開発された

カブの伝説エピソード特集【参】カブ、米国に渡る

アメリカへの進出を始めたカブはそのままの形でも大ヒットを飛ばしましたが、現地の需要に応えて様々なタイプの仕様が開発されました。

 

例えば農地や森林管理用でのシーンや、山や草原を走れるようにトレールバイクとしても新たに開発されており、ブロックタイヤにアップマフラーを装着し、レッグシールドや泥除けがない本格的なトレッキングカブが誕生しました。

 

トレールタイプのカブは、現代でも「クロスカブ」としてアウトドア向けユーザーに対して販売されています。さらに北米仕様にはメッキ加工された特別仕様のカブも輸出されるようになり、アメリカでも愛されるカブとして発展していきました。

 

現地の需要によってそれぞれ合わせられるのもカブの大きな魅力ですね!

 

そもそもカブの由来って?

カブの伝説エピソード特集【参】カブ、米国に渡る

そもそもスーパーカブの「カブ」ってどんな意味なのでしょうか?カブの名前は、英語で「猛獣(クマなど)の子供」という意味があり、小さいながらもパワーがあるエンジンでどこでも走ることができるという意味が込められているそうです。

 

実はスーパーカブが開発される以前に、「Fカブ」という名前で熱のバイクが販売されていました。そこで、当時はやっていたスーパーという言葉を使って「Fカブ」よりもすごいモデルという意味を込め「スーパーカブ」という名前が付けられたそうです。

 

アメリカへの進出は大きなリスクがありますが、見事大ヒットを産むことができたスーパーカブは、現地の需要によって様々な形に変えられるよう強みがあったためとも考えられます。

 

また、クロスカブなどアメリカでヒットしたカブが逆に日本でもヒットするなどと言った相乗効果もあり、スーパーカブはどんどん進化していくことに。

 

次回は、カブの宣伝方法の一つでもある広告についてご紹介していきます。当時の時代を感じるユニークなキャッチフレーズがたくさんあり、思わず笑ってしまうものもあります。

 

【過去のカブエピソードはこちら!】

本田技研工業株式会社

公式ホームページ

Writer: もーりー

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